大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和38年(わ)892号 判決 1964年6月24日

被告人 工藤竹城

昭一〇・二・一五生 農夫

主文

被告人を懲役六月に処する。

ただし、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

押収してある運転免許証一通(昭和三八年押二一八号の一)は、被害者竹内弥太郎に還付する。

訴訟費用中、国選弁護人に関する分の二分の一を被告人の負担とする。

本件公訴事実中、公文書偽造の点について、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三三年二月頃から肩書住居所在の果樹栽培業山際二三郎方に、農夫として雇われていたものであるが、

第一、昭和三六年七月末頃右山際方農園内の花畑において、その場に落ちていた竹内弥太郎所有の自動車運転免許証一通(昭和三八年押二一八号の一)を拾得しながら、これを同人に返還せず、また警察署等に届出しないで所持し、もつて占有を離れた他人の物を横領し、

第二、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和三八年一〇月二二日午後七時三〇分頃、同市南三条西三丁目先路上付近において、普通貨物自動車(札四は一五二一号)を運転し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は判示第一の遺失物横領の点につき、「被告人は、本件免許証を拾得した当時、前判示竹内弥太郎がすでに運転免許証の再交付を受けたことを知つていたところから、同人にとつてはすでに本件免許証が必要のないものであり、いわば無主物であると考えていたのであつて、かりにそうでないとしても、返還の必要のないものと考えていたのであるから、いずれにせよ横領の犯意を欠く」旨主張する。

よつて、案ずるに、被告人は当公判廷で右弁護人の主張にそう趣旨の弁解をしており、また、判示第一の事実に関する前掲各証拠によると、右竹内は判示免許証を昭和三六年六月一〇日頃判示山際方農園付近で遺失したが、同月二六日その再交付を受けていること、被告人が判示免許証を拾得したのは前判示のごとく同年七月末頃であることが認められる。しかしながら、竹内において新しく運転免許証の再交付を受けたからといつて、同人が遺失物件たる判示免許証につき、その所有権を放棄したと目される特段の事情の認められない本件の場合、判示免許証が無主物となるいわれのないことはもちろんであり、さらにまた、被告人の当公判廷における供述を仔細に検討すると、判示免許証を拾得した際これを竹内に返還する必要がないと思つたと述べているその真意は、同人がすでに新しい免許証を所持しているので、判示免許証を返還しなくても、同人が自動車の運転を行なうについて格別の支障がないと考えたに過ぎず、それ以上に、判示免許証が所有者たる竹内の意思如何にかかわりなく自由に使用・処分しうるものとまで考えていたわけではないと解するのが相当であり、かような認識のもとに、判示免許証を発見場所から持ちかえり自室の机の抽出内に隠匿所持するに至つた一連の行為にてらすと、被告人に遺失物横領の犯意の存した事実は明らかであつて、弁護人の主張は到底これを採用するを得ない。

(一部無罪の理由)

一、本件公訴事実中、公文書偽造の点は、

「被告人は、昭和三六年八月中旬頃山際二三郎方自室において、行使の目的をもつて、擅に北海道公安委員会発行の、竹内弥太郎所有の自動車運転免許証(第三六二〇四号)の氏名・年月日・本籍・住所欄の各記載を抹消し、氏名欄に『工藤竹城』と、年月日欄に昭和『10』年『2』月『15』とそれぞれインクで冒書して右各欄の記載を書き替え、さらに、その写真貼付欄に被告人の写真を貼り替えて、右運転免許証一通(昭和三八年押二一八号の一)を偽造したものである。」

というのである。

二、よつて案ずるに、被告人が起訴状記載のごとき偽造行為を行なつた外形的事実は本件証拠上明らかなところであるが、右偽造の際、被告人が「行使の目的」を有していたか否かの点について考察すると、次に述べるような理由から、結局その証明が不十分であるとの結論に達した。

すなわち、叙上のごとき偽造行為が肯認される以上は、一般に、その偽造に際して行使の目的を伴つているものと推認されるのが通常の事態に即した証拠判断と考えられ、しかも、本件においては、被告人の検察官に対する供述調書中に行使の目的を明らかに自白した供述記載が存するのであるが、他方、被告人の当公判廷における供述および右公訴事実との関係で取調べた一切の証拠を詳さに検討吟味してみると、

(1)  被告人は、判示免許証を拾得して以来、右偽造行為を企てるまでの間、約一か月近い間にわたりこれをほとんど放置しており、自動車運転の際に携帯していないのはもとより、身につけて持ち歩いたこともなく、僅かに本件偽造の際、自室において右偽造の所為に及んだほかは、偽造後においても、一度だにこれを所持携帯することなく、むしろ該免許証が他人の目に触れることが全くないように自己の机の抽出の奥深く蔵いこんでいた事実が認められ、判示第二の無免許運転の現行犯人として逮捕され、その取調の結果はじめて本件偽造免許証が被告人以外の者の目に触れるところとなつたという事実は、およそ、行使の目的をもつて免許証を偽造した者の行為としては理解に苦しむものがあること

(2)  つぎに、右偽造行為に出た当時、被告人が運転免許証を必要とする動機があつたかどうかであるが、たしかに検察官の指摘するように、被告人が山際方に雇われ、同僚の竹内と共に自動車学校へ通いながら、竹内のみ合格し、自らは雇い主の好意と激励にもかかわらず不合格を続けていたため、一日も早く正規の運転資格を得たいという強い願望を抱いていたであろうことは推察に難くないところではあるが、右偽造を行なつた時期は、被告人が運転免許試験を受験するため自動車学校に通学していた最後の月である三月頃から約四か月を経た後であつて、その頃になつて急に運転免許を取得したというようなことを雇主等にいい出すことは到底できないときなのであるから、拾得後約一か月近くそのままに放置していた本件免許証を忽然として行使の目的で偽造を試みたものと解するのはいささか奇異の念を禁じえないこと

(3)  一方、本件偽造の手段・方法は、一見至つて幼稚かつ拙劣であり、到底警察官等に呈示して真正の免許証として通用するていのものでないことは押収にかかる偽造免許証自体によつて明らかである。もつとも、この点については、検察官の追求により被告人が当公判廷の末期に至りはじめて自供するに至つたごとく、被告人の知能程度に即した限度で、それなりの工夫と技術をめぐらせた跡が窺われ、むしろ、かなり真剣に真正な免許証らしい外観を作り出そうと努力したものと認められる点が少なくはない。しかしながら、被告人が当公判廷で弁解するように、いたずら半分の気持から自分の免許証として楽しみに持つていたという気持で偽造した旨の供述とをあわせ考えると、例えば、一般に行使の目的で免許証の偽造を企てる者の場合には、写真の貼り替えと年月日欄の改ざんが最も関心事であると思われるのに、さして手を加える必要もない本籍・住居欄の抹消を行ない、かえつて偽造としての効果を弱めることをしてみたり、警察官に呈示するという偽造免許証としての本来の目的からすると必らずしも意味の少ない氏名欄の書き替えに労を費す等、むしろ、行使の目的に発する偽造というよりは、被告人の弁解するごとき意味での「自分の免許証として楽しみに持つている」という意図から出た偽造と考える方が自然であると見られるところが多いこと

(4)  なお、被告人は、本件偽造後山際家の家人である山際節子に運転免許試験に合格したこと虚構の事実を告げたことが認められるけれども、その際本件偽造免許証を同女はもちろんその他の家人・同僚等に見せたことを認めるに足る何らの証拠がないばかりでなく、右のような虚言を述べたのは本件偽造後相当の月数を経てからのことであることが認められ、したがつて、右虚言と本件偽造時における被告人の内心の意思とを結びつけ、これをもつて行使の目的を推認する資料と即断するのはやや早計に過ぐると思われること

など、被告人が本件偽造の際に、行使の目的を有していたと認定するには、多くの点で躊躇せざるを得ない。

そこで、最後に、被告人の検察官に対する供述調書中の行使の目的を認めた趣旨の供述記載の信用性について一言するに、被告人は当公判廷において右供述調書の内容に関して裁判所および訴訟関係人から詳細な質問を受け、その都度その応答が動揺しており、被告人の教育程度、当公判廷における供述態度およびそれによつて推測される判断力ないしは理解力の程度等から考えると、右供述記載に多くの信用を寄せることは危険であり、かかる自白の存在のみから直ちに先に説示したごとき多くの合理的疑問を排斥して、「行使の目的」を肯認することはできない。

よつて、公文書偽造に関する公訴事実については、いまだ有罪の心証を惹起するに足る証明が不十分であることに帰する。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示第一の所為は刑法二五四条、罰金等臨時措置法二条、三条一項一号に、判示第二の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条、罰金等臨時措置法二条一項にそれぞれ該当するので、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、右両罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、重い判示第一の遺失物横領罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内において、被告人を懲役六月に処するを相当とし、ただし、本件各犯行は、いずれも比較的軽微な事案であるうえ被告人にはこれまで何らの取調歴もなく、現在も勤勉に山際方で稼働している点を考慮すると、同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予すべきものと認める。

なお、押収してある運転免許証一通(昭和三八年押二一八号の一)は、判示第一の罪の賍物で、被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項により、これを被害者竹内弥太郎に還付することとし、訴訟費用については同法一八一条一項本文により、国選弁護人に関する分の二分の一はこれを被告人の負担とする。

本件公訴事実中、公文書偽造の点については、前記のとおり犯罪の証明がないので、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻三雄 角谷三千夫 東原清彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例